占星術と魂作り

鏡 リ ュ ウ ジ
(訳 隠星)

占星術のコミュニティの中でこう発言することは以前ほど流行ではなくなったけれども、わたしは「心理」占星家(`psychological' astrologer)であると自認している。ここ数年、我々は、伝統的・古典占星術の急速な復興を目の当りにしてきた。マギー・ハイドが、彼女のよく知られた著書「ユングと占星術」の中で述べているように、現代的な心理占星術の多くは、占星術が備えていた土星的な美しい構造と理論構成の枠組みを失ってしまっており、だからこそ、リリーなどの歴史上の占星家の著作を読むことは素晴らしい体験となるのだ。オリビア・バークレイ、ロバート・ハンドをはじめとする、今日における伝統的・古典占星術の復興者たちには感謝の気持ちを表わしたい。

しかしながら、それでもまだ、わたしは自分が「心理」占星家であると感じている。そう感じるのは、わたしがユングの心のモデルに基づいて占星術にアプローチしているためではない。自分を心理占星家であると感じるのは、心理学という用語をよく吟味してみるとき、心理占星術に対し賛同する立場をとるのか、反対する立場をとるのかという区別には意味がないことに気づくからである。

心理占星術に反対する議論として、心理占星術は占星術を漠然とした主観的な現象に還元するものであるという主張を目にしてきた。また、伝統的占星術は、具体的、客観的と思える事象を予測する能力をもっているため、伝統的な占星術に比べると、心理的なアプローチは、ずっと非力であるということもほのめかされてきた。こういった議論は説得力があるようにも思えるが、事態はそれほど単純ではない。いかなる「事象」も、誰かによって経験されている事象であるか、あるいは、将来において誰かによって経験されるであろう事象である。物語を語る者がいないならば、いかにして我々は事象を事象として認知できるであろう。チャートを読む占星家が存在しなければ、いかにして占星術は機能するのだろう。我々は常に事象に参画しているのだ。このことこそが、ジェフリー・コーネリアスが占いとしての占星術と運命を告げる機械との差異について論じた際の論点である。

我々は心を通してすべての事象を経験する。これが魂の機能である。ジェイムズ・ヒルマンの用語を借りれば、「魂は事象を経験へと深めることを指す」。しかし、ここで注意深くならねばならない。魂は人物的なものではない。魂は、我々の頭の中に住む小さな人のごときものではないのだ。魂は我々を包み込むものである。我々の中に魂が宿るのではなく、我々が魂の中に存在しているのだ。

わたしは、ジェイムズ・ヒルマンによる魂の描写は、占星術を理解し、心理占星術と伝統的占星術の立場を調和させるために役立つと考えている。ヒルマンは、しばしば、現代的な心理学を批判しており、学術的な心理学と心理療法に対するヒルマンによる攻撃は、心理占星術に対する伝統的占星家による攻撃と類似している。手短かに言って、ヒルマンによれば、現代的な心理療法は、経験を人間的なものや人物的なものに還元している。心理学のいにしえの起源、つまり、魂の言葉(the logos of soul)に遡ってみれば、心を人物的なものに還元できないことが分るだろう。ヒルマンのアプローチは、魂、そして、真の心理学を再発見することを目指すものである。ヒルマンは、キーツの言葉を借りて、この視座の転換を「魂作り(soul-making)」と呼ぶ。主観的にでもなく客観的にでもなく、魂の観点から物事を眺めることが、魂作りというプロセスである。このテーマに関するヒルマンの主たる著作が、「魂の心理学(Re-visioning Psychology)」である。この印象的な著作は、魂と魂作りについて論じたものであり、魂の活動の4つの側面について、各側面に一つの章をさいて議論している。この4つの側面こそが、魂の機能の中で最も重要なものであり、ヒルマンは、これらの機能を人物化、病理化、心理学化、脱人間化という用語で言い表わしている。

わたしには、この4つの機能は占星術の中にも見出しえると思える。まず、人物化。魂は人物化する。魂は世界を擬人化して眺める、あるいは、魂は固有の論理と意志をもつ生きた実体をいたるところに見出そうとする。そして、言うまでもなく、占星術において我々は天体という神々と出会うのだ。ヒルマンが、「我々は、非言語的、非空間的なイメージから成る多中心的な世界として魂を描写することができる」、「我々は、人物化されたイメージ群から成るものとして心の構造をイメージしている」と語るとき、我々はたやすくホロスコープを思い起こす。

次に、ヒルマンは病理化について論じる。魂は病理化する。魂は、病気、怖れ、苦悩として姿を現す。さて、我々がチャートを検討するのは、いかなるときだろうか?それは、我々が問題に出会ったときではないのか?だから、我々はしばしばチャートの中に病理化した天体を見つけることになるのだ。このことは、「神は病んだ!」というユングの言葉を思い起こさせる。ヒルマンの第三の機能、心理学化は、すべてを心理学の専門語(jargon)に還元することを意味するのではない。心理学化とは、物事の見かけの現れとは異なる観点から物事を眺めることであり、魂の観点から物事を「洞察する(see through)」ことである。これは占星術そのものではないだろうか?我々は、見かけの現象をみるだけでなく、チャートを参照する。表層の現象を調べながら、そこに天体の象徴体系を見出し、異なる角度から事象を眺める。そして、最後に脱人間化に至る。脱人間化とは、魂を我々の所有物以外のものとして見る過程である。魂はわたし個人のものではない。このことは、運命が存在し、宇宙の意味が存在することの気付きをもたらす。

この短い論文では、ヒルマンの複雑な考えを正当に紹介することはできない。皆さんにはヒルマンの著作をご自身で読まれることをお薦めする。しかし、この論文でヒルマンの考えの幾分かはお伝えできたと考えている。簡潔に言えば、ヒルマンと元型心理学にとって、心理学とは、心理学的なタイプや個人史について語るだけのことでもなければ、専門用語をもてあそんだり、トラウマについて語るだけのことでもない。そうではなくて、心理学とは、異なる見方(パースペクティブ)、すなわち、魂の観点から世界を見るというプロセスである。ヒルマンはこのプロセスを心理学化と呼ぶわけだが、わたしは、我々が占星術において日常的に行っていること−アストロロジャイジング(astrologizing)−を言い表すために同様の用語が必要であると考えている。ユングにならって、このプロセスを布置(constellating)と呼ぼうと思う。チャートを見るとき、我々は、事象や問題について洞察し、占星術の象徴体系を見出す。外的な事象であるのか、内的な感情であるのかは問題ではない。しばしば、この2つの世界は区別できない。象徴は連合し、2つの世界に区別を置かない。占星家として我々は星を通して世界を見る。そして、この布置が、我々の人生経験に生き生きとした感覚を与えることになると信じる。

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このarticleは、鏡リュウジ氏がCOA ( COMPANY OF ASTROLOGERS ) の Bulletin ( No.15 6/6 ) に寄稿したものを訳したものです。

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原文 ( COA No.15 の抜粋 )

訳者のコメント ( 隠星 )

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