月記 バックナンバー


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とりあえず校正佳境  2004/3/2 Tue.
『占星術概論』はあとちょっとです。
数回にわけてやりとりした校正(?)も、最後の分を機能の夜に送付。
とりあえず終了も見えてきた、という感じ。

たいして貢献できていないかもしれないけれど、少しでも読みやすくなっててくれるといいなぁ、と。

今回のポイントは、まず、これは自分の本とか、自分の主張をするところではなくて、Kuni. さんのものだと言うこと。確かに、多少の意見はしたけれど…。書き方のレベルや、これだと読者が混乱しそうとか「ここまで書かなくてもいいんじゃないでしょうか?」というものについてはけっこうコメントしたものの、「思想」的なものは入れていないつもりです。
だから、前にも書いたけれど、自分だったらこういう感じには書かないだろうと思うところもあります。

自分が以前「より良くしていきましょうよ」という言葉を免罪符に、その人の思想信条から好みに要望までを押しつけられた経験が幾度と無くあるから。

書き方のスタイルを似せることはけっこう得意なので、「変な文章が混入した」という印象も与えないはず。といっても、ごく一部、Kuni.さんのオリジナルを読んでいても「なんかここ、今までと比べて妙な違和感を感じるなー」というところもあった。(笑) だから、違和感あっても、きっとそれだ。(爆)


この200ページを越える1冊は、いろいろな意味でスゴイです。

まず、これだけの量を書くというのは、並大抵のことではできません。きっと、内容を賞賛する人、批判する人、その他意見を言う人が出てくるでしょう。言うなとは言わないし、「大変な仕事だから、多目に見ろ」とも言いません。しかし、世の中って、なんで…(と書きかけて、以下自粛…)

知識もなければできないし、それなりの文章力がなければできません。そして、なにより、最大級の情熱がなければ、続かないです。

約21万字です。(うえぇぇ、すごい、毎月書いている星座占いの4〜5倍だ…)
これを書く情熱を持っていて、それを持続できる人って、どれくらいいるんでしょう?

読んでコメントした自分も、ちょっとスゴイかも。(笑) 最初の数十ページくらいなら、読んであれこれ言うことは誰でもできるだろうけれど、200ページに渡って、読んで、誤字脱字や分かりにくい点などをチェックし、「どこが、どうわかりにくいのか、どうしたらいいのか」を書いて送るというのは、こちらも情熱がなければできることじゃないです。
もちろん、それだけのことをやろうと思わせるものが、そこにあったわけですが。


また、自費出版で、WEBで売ってしまう。
出版なんてことは、今の世の中ではかなり困難です。だけど、「やろうと思えばできるんだよ!」ということを身をもって示している。印刷費用はまだしも、売れなかった場合のリスクだって大きいのに。



ただ、1点、これは最初の時にKuni.さんと何度かメールのやりとりをして「変えさせてしまった」点があり、少し気がかり。
それはモダン批判について。現状でもけっこう書いてはあるんだけれど、最初の本は、特に批判が強かった。それに対して、「古典はモダンに対する反発だけでやっているものじゃない、自立している」ということで、本文から批判の色を大幅に削ることを提案しました。
できれば、別冊子なり、パンフレット形式なりで、入れましょう、と。

著作は、人の感情表現だから、考え方が入るのは仕方ないし、それはそれで(正確な情報であれば)いいはずです。だけど、ここでは、古典ホラリーという分野、Kuni.さんのモダンに対する視点、この2つについて、読者には別々に賞賛・批判してもらいたいという気持ちが強かったです。
自分が星座占いなんぞをやっていることもあるから、特にそう感じたのかも。いや、実際には、モダン批判、星座占い批判に対して「批判されるのがイヤ」とか「その批判内容に納得できないから」やめようと勧めたのではありません。

今の時点では、同時にすべきではなくて、まずは古典の世界をみんなに広めるということができて欲しい。
つまり、「古典占星術より心理占星術がいい」という人がでてもそれはその人の考え方。だけど、「古典占星術はいい! ぜひ、古典をもっとやりたい」と思う人や、「ホラリーに開眼」する人もたくさん出てくるはず。そんなとき、Kuni. さんの書き方が気に入らないからイヤだ、というのは最低限シカタナイとしても、「これはモダン批判のために古典を引っ張ってきて書いているように見える」なんて思われたり、「古典部分はいいのかもしれないけれどモダン批判部分は納得できないので、この本の評価は下がる」なんて思われてしまうのではもったいないと思いました。


でも、モダン批判の補遺は欲しいなぁ。(笑)


あと少し  2004/3/14 Sun.
Kuni.さんの「占星術概論」の、最終的な修正が終わったというところです。
とはいえ、もう、完璧なんてないけれど、どこかで割り切らないと永遠に修正作業をしてしまいそう。(笑)

あとは微妙ながらも、見栄えということで章見出しとかのフォントを変えたりする調整もやってました。

残っているのは、索引づくり。Wordだったら、最後に一括処理できるので、極端に難しくはないけれど、どの言葉を選ぶかとか、予想以上に大変。でも、これはないと読む人が困るから。あとで「あれって、どこに書いてあったかな」と思った時に引けるものをつけたい、というのは理想とは言え…

Kuni.さんからは、印刷屋さんの手配は済みとの連絡。

時間的に余裕がある時で良かった…
確かに、腕の調子はかなり悪いけれど、それでもこの作業は「無理してでもやりたい」と思うだけのものがあるし。しかしまぁ、また体調悪くなってきて、作業中に2回も風邪ひくって、まったく情けない…


Making of 占星術概論 「印刷に回ったらしい」  2004/3/23 Tue.
ついに、Kuni.さんの『占星術概論』が、印刷に回る運びに。

体裁を整えたり、細かい誤字脱字をチェックしたり、最後に索引を付けたりする作業がけっこうかかってしまった。読み返せば、「これでもいいけれど、まだちょっと気になる」なんてところは、きっと永遠に出てきてしまうはず。

それにしても、(わかってはいたけれど)本を作るのは難しいと思う。

自分の書いたものは、どんなに「注意して書いた」と思っていても、読み返すとかなりの問題がある。書いている人の頭の中にあることが、全てキレイに、読みやすい言葉・文章で文字になるというのはありえないのかもしれない。自分が毎月の占いを書いていても思うけれど、その時は注意して書いたつもりが、読み返すと「おぃおぃ、なんだこれ?」ということが多々ある。

だから、「誰か」に校正してもらうとか、チェックを入れてもらうとか、それがあるとないでは大違いになってしまう。(たぶん…)
また、「書く」そのものでない、体裁の部分や見た目を調整する部分の作業も、「自分が関与したいけれど、全部自分でやるのはちょっと負担が大きい」ところだと思う。(今回、体裁部分はKuni.さん自身も作業している。) その手を出す人間の能力が低ければいい結果にはならないけれど、高くなくて「それなり」でも、相応に機能するとは思う。それくらい、文章表現のレベルでは、本人以外の目が入るかどうかは大きいと感じる。



なにしろ、校正とかチェックして「良いものにする」という『免罪符』のもとに、(書いた人の立場で悪く取れば)ひたすらクレームを言われ続ける。自分がいいと思ってがんばって書いたものに対して、「ここはわかりにくい」とか「ここは間違えている」とか言われるわけだ。誤字脱字の修正に至っては(もちろん、そうではないんだけれど)まるで重箱の隅をつつかれているような感覚すら受けかねない。
どっちがイヤかと言われれば、やっぱり、自分で「これだ」と思って書いた部分について言われるほうがイヤかも。自分自身ことを否定されている感覚すら受けかねない。

正直なところ、よく喧嘩にならなかったとホッとしている。(笑)
こういう場面じゃなくて、日常の場面で、ほんの数枚のレポートなどでもぎくしゃくしてしまうことは多い。それこそ「見てくれ」とか「直してくれ」と言われて、『やってあげている』時でさえ、そうだ。(たいてい、そういう人の文章は見るに耐えないことが多いし、逆に「見てやるよ」と拒否できない状態で言い出しす人のチェックというのも、「おぃおぃ、そうじゃねぇだろ」と言いたくなるチェックをする。)
今回は、1月上旬から、350通近いメールのやりとりをしている。ということは、1日平均でも6通くらい。本文のチェック項目なんていくつになったか数えられない。

たいてい、言われるほうが先に参る。「あー、うるさい!」と思い出す。そうでなくても、お互いの思想が強いと「正しい・間違えている」という平行線の議論でモメる。それこそ、指摘する側が「自分が著者じゃない」というのを忘れていれば即、忘れていなかったとしても「文章の書き方の違い」で衝突すると、やはり平行線。
そのうち、言っているほうも「せっかく指摘したのに反映されない」とか、「次から次へと出てきて、もう面倒くさい」と思ってしまうものだ。(今回は特に、200ページもあるんだから。)

簡単には喧嘩にならないと思うだろうけれど、これをやっている課程で、ナーバスになってきたら、喧嘩まで秒読みになる。よく、本のあとがき等で、著者が編集者にたいして「何度も励ましてくれてありがたかった」ということを書いているのを見る。これは本当だと思う。今回は、既に書き上がった状態からスタートしたので、励ましたりとかそういうことではなかったけれど、もし、書き出すときから始めていたら…。それにしても、200ページもの内容を、「いつの間にか」書き上げていたKuni.さんのパワーと情熱はすごいと思った。



今だから(笑)書けるけれど、こっちも真剣にやろうと思ったので、途中で人間関係が悪くなることも考えた。始める前に「付き合いがなくなっちゃうかもしれない」という覚悟をしていた。へんに遠慮して中途半端なことになると、それも良くないので。

できあがり具合は、これを読んだ人が判断することだから。


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Akiary v.0.42