月記 バックナンバー


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いよいよ今日…  2004/9/4 Sat.
今、夜中の2時です。(笑)
いよいよ、今日は講座の日。
Kuni.さんのレジメもチラッと見たところ、今年も期待させてくれます。

Kuni.さんも、すぎむらさんも、実際に鑑定をしているだけに、リアルな話になりそうで期待は大。


勉強になる…  2004/9/11 Sat.
今、すぎむらさんの講座の補足ページを作っています。
これは講座で話しきれなかったことがあるので、それをWEBで(受講者限定の)公開をしようと言うもの。

ホラリー判断のプロセスが文字になっていて、これは読んでいておもしろいです。
(って、早く手直ししろと言われそうですが…)

内容そのものはほとんど手を加える必要はなく、ちょっとわかりづらいと思うところを書き換えたり、言葉を補足したり、あとは校正的な作業を。とはいえ、こちらも校正のプロではないので、「出来る範囲」ということで。

一番時間がかかっているのがHTMLの問題。ビルダー等を使うと、確かに「そこでは見える」ものを出してくれるんだけれど、色々と問題があったりする。これをごっそり、全部書き換えているようなもの。

もう、何時間といっても、3時間、4時間じゃなくてやっているので、もちろん、かったるいけど、それは引き受けたモンだからちゃんとやらなくては。ちゃんとと言っても、本当にHTMLの規格に準拠したものにまでするのはさすがに無理で、まぁ、おおかたのブラウザで「見るのに支障がない程度」まで。(やれと言われればできなくはないけれど…。)
本当は見栄えももっと調整したいものの、これもごめん。早く受講者の人に見せたいので。

ホラリーの判断のプロセスを、案外間違えている人が多い。
間違えとか偉そうに言うのもどうかと思いつつ、「ホラリーって、今の瞬間の図を読むんでしょ?」ということから、「5ハウスって、恋愛のハウスだよね。そこに金星が入っているから、恋愛はラッキー」なんてことを、本気で言っている人がいた。
別に、そういう占いがあるのかもしれないけれど、それはホラリーと言うのとは、ちょっと違うだろうと思う。

講座そのものもおもしろかった。でも、ホラリーとかディグニティとか、それ自体について、もしかしたら、まったくわかっていない人もいたかもしれない。
ここで全てがわかるようになるわけじゃないけれど、ホラリーがどんなものかはわかると思う。

いやぁ、勉強になりますわ。(笑)

なんか、こういう仕事を引き受けていると、自分でもそうだし、周りの目も、「穂渡桂樹ってわかってる人かも知れない」なんて気分になってくるから嬉しい。(笑) 実はナンチャッテなのに。

そういえば、講座は、今回は、Kuni.さんとすぎむらさんの2名だった。
Kuni.さんは年1回だけれど、すぎむらさんは別途、ホラリーを最初から教えるような講座を考えているという。それも楽しみだったりする。そういうことがどんどん行われるようになって、年1度のお祭りを大きくしていきたい。
実は、この前の講座のあとの飲み会等で、酒の勢いで「次回はあなたも話してね」と押した人が2名いる。(笑) もうひとり、お酒は飲めないんだけど恩を売って(爆)おいて「次回は講義する側に回ってね」とアプローチしている人もいる。

いずれは、丸1日の講座で、それぞれ部屋に別れてカンファレンスとか、ワーキンググループで討論会とか、最後はパネルディスカッションとか、そういうAstrologerの集まりに発展させていきたい。何年かかるかわならないし、ほかの人がそれを実現させてくれるならそれでもいいけれど。

ワクワクするでしょう? あっちの講座とこっちの講座、時間が重なっちゃってで両方出られないのが残念! でも、午前のこれと、午後のこれは絶対でる! みたいな世界。
もちろん、心理も太陽星座もサビアンも、一堂に集まればいいと思う。自分の嫌いな人に手を貸すほど心は広くないけれど。(笑) 自分が権威になるつもりもないけれど、誰でも参加させたいんじゃなくて、「同じ目的に向かって、お互いを尊重し会える人たち」で運営していきたい。そういう意味では、Astrologer.JP の発想と同じで、「お互い、信頼できる人たち『だけ』が集まっているから、お互いにある前提は信頼」みたいな考えでできなければ、とりまとめられるわけがない。

まぁ、ある意味、お客さんはお客さんだけれど、多数を相手にする以上、個人的に優遇したり面倒を見たりということはできなくなる。(というか、もう、現時点で出来ない…。) どんな世界でも、客がわがままなのはある程度あたりまえではある。客は、「自分」が参加するという意識で、「あの講師の講座」という「相手」がハッキリしている。これが20人を超えるくらいの客になってくると、講師(やスタッフ)からすると、「たくさんの客のうちのひとり」という状態になってくる。一杯いるなかのひとり。例えは悪いけれど、誰かひとりに特別な対応をするというのは、鯉のたくさんいる池に、特定の鯉を狙って餌を投げ入れるようなもの。ほかの人にしてみれば「自分も聞いて欲しいことがある!」と思ってしまうわけだ。誰かをひいきすることは、多くの人をむげにする。だから、客の側も、もっとドライに受け止められるような風潮ができないと、大人数を集めるということは難しいんだと思う。日本の占星術人口はそんなに多くないし、とかく、お互いの関係をウェットに捉えがちだから。(時には、「占星術を好きな人や、真剣に勉強している人に悪い人はいない」なんて、すっとんでしまうようなことを口にする人もいて驚く。)アタリマエだけれど、「大もうけしたい」とは思わないまでも、「赤字がでない」というビジネス的な対応も必要になる。そうでないと、続けていけないから。厳密に言えば、毎回、それなりの「持ち出し」がある。一応はギリギリだとしても、なんのかんので細かいお金を持ち出している。それ以前に、準備にかかっている時間をお金に換算して、それをもらうことにしたら、とんでもない赤字になってしまう。(それは当然、講師の準備時間への対価を払っても同じ事になる。)だから、目に見えないだけで、実質は大赤字もいいところだ。
まぁ、なんのかんのいいつつ、好きだからやっているわけなので、今のところは「許容範囲」だけれど。そんな状況でも、どこまで、客の側へのフォローができるか、というのは課題だと思う。

そんでもって、でっかい会になってもあいかわらず、夜は飲み会をやりたい。ウィリアム・リリーの仮装で参加もおっけー。


日本語で学んだ古典占星術(笑)  2004/9/14 Tue.
ということは、ほぼ、日本人に「教えてもらった」ということ。(笑)
そうでありながら、「いやぁ、俺なんて、ナンチャッテだから」とか言うのは、教えてもらった人に失礼か。

先日の講座のあと、数名の人に、「次はオマエも何かしゃべれ」と。いえいえ、とんでもございません。大御所な人たちを前に、私なんぞが話す余地はありません。
実際、そう思うと同時に、まがりなりにも、話すならそれなりの準備とか勉強をしてのぞまなきゃいけないわけで、その時間はとれないなぁ。完璧は目指さない。でも、ちゃんと原典をあたらずに、「あの人はこういってた、あっちの人はこういう意見だった」ってのは、さすがに情けないかな、と。

そういえば、(別にコレばっかり見ているわけじゃないけれど)ディセンダントのロードのディグニティが高いから美人とか、低いからブスってのは、あまり関係ない気がする。例えば、落とし物を捜すとしたら、落とし物の星のディグニティが低かったりすると、壊れているとか汚れているとか言うわけでしょ? だけど、なんか、それは「もっと本質的なこと」なんだろうなと思う次第。
まぁ、(ネイタルで)アセンダントが天秤座と牡牛座は美人というか、そういうタイプが好みだと冗談半分で言ってはいるけれど、アタリマエのように、必ずしもそうでない。アセンダントが山羊座で、それこそ、本によっては「貧相」とか「およそ魅力的とは言えない容姿」なんて書いてあるのに、すっごくカワイイ子もいたし。(笑)


占星術講座いろいろ  2004/9/21 Tue.
これはKuni.さんやすぎむらさんと話し合ったことではなくて、穂渡桂樹の考え方であることを、まず、お断りしておく。

9月4日の講座について、アンケートとかご意見募集をしない(Kuni.さんのサイトではご意見を求めるという記述があるけれど)のは、以下の理由による。

意見をもらっても、それにたいして応えられるとか、次回は改善すると言えることばかりではない点。多分、多くの場合、それは無理だと思う。例えば、締切に関してだって、「世の人々は、告知があったらすぐ応募しよう」とは思ってくれない。いつまでも人数がはかれないと、会場をどうするかもかなり困る。
これは開催側の事情だから聞きに来る人たちに責任はないのだけれど、講師の交通費等を考えたら「どこまでできるのか」は、できるだけ早く知りたい。もちろん、それに合わせて参加者が動いてくれないのと同じように、開催する側も「参加者個人の事情」に合わせては動きづらい。
聞いておいて改善できない、というのでは、それはそれで申し訳ない。

とは言っても、一時期募集を中止した期間があった。
その期間は、内部で1テーブル3人にするか、1テーブル2人にするか検討していたからだ。3人座ることはできる。3人でやりとりしている際には、「狭いとストレスになるから2人がけにしよう」という意見で一致をしたものの、途中から急に数が減るというのは問題があるんじゃないか、という意見もあった。そして受講料の再計算をして、さらにスタッフ用の席を潰して受講席にすればなんとかなる、ということで2人がけにした。

いきなり減ったと文句を言いたい人もいるかもしれないけれど、それまで2週間以上、多分、ひと月くらい募集していたんだから、そこで「いきなり減らすな」と言われても困る。
でも、今回は2人がけにできたけれど、次回以降もできるとは限らない。だから、「今回と同じスペースを確保してください」という意見をもらっても、「努力はします」としかいえないわけだ。


また、ご意見募集で質問を山盛りに送られても、さすがに困る。
実際、そういう例は珍しくなく、こちらが質問しているのに、山盛り質問を返される。まぁ、こちらだけ「聞きたいことがあるから教えろ」と言うのは、確かに聞かれるほうとしては気分が悪いとは思う。
もちろん、コミュニケーションを否定しているわけではないけれど、講座を受けたら「なんでも、いつまでも、質問に答えろ」と言われたら、講師がめいってしまうだろう。


ぶっちゃけ、本当に言いたいことや、伝えたいことがある人は、直接メール等を送ってくるし。「無理に聞き出すことではないのかも」というのが本心だったりもする。



今回の講座、自分としてはすごくおもしろかった。恒星も惑星も、うなるところや、納得することや、得る物がたくさんあった。

ただ、自分が後ろから参加者の人を見ていたり、雰囲気を感じている範囲では、「ちょっと難しい」と思っている人や、「ナンの話をされているか(前提が)わからない」と思っている人もいたんじゃないかと思う。

もちろん、講座の批判ではない。そして、受講してくれた人たちをバカにしているわけでもない。それだけ古典とかホラリーというものが浸透していないようだ、ということを感じた、というだけの話だ。
でも、今後も、年に1回のこの手の講座ならば、同じようなレベルで講師には話して欲しいと思う。自分もそれなりに背伸びしている。聞いている人のそれなりの割合の人たちは、同じように背伸びして聞いているんだと思う。
だけど、よく考えて欲しい。背伸びするような講座とか、背伸びしていない人たちが「おもしろい」と思って聞ける講座が、どれくらいあるだろうかということ。

これもほかの講座を批判するつもりはない。レベルなんてものは、「それぞれのコミュニティの中での了解」だから、レベルが高いの低いのという話をしても始まらない。それこそ、「1オクターブ高い次元にある天王星や海王星をルーラーとして使いこなせないあなた達は、精神の次元が土星を超えることができない低次の存在なのです」なんて言われるかもしれない。
それに、ちまたに、そういう講座がひとつもないという話でもない。でも、少ないのは事実だと思う。やっとみんなが古典だとかディグニティだとか言い出しても、まだまだ一般的に「占星術」と言うと、それではない。

もっと、普通に話を聞ける、前提をなんとなくわかっている状態になっていくように、そういった動きも必要なんじゃないかと。すぎむらさんは、初級的な講座もやりたいと言っていたので、それはどんどん焚きつけている。すぎむらさんは講師に向いていると思う。9月4日だけで見て欲しくはないと思う。話をしている過程で、こういう人が講師だったらいいのに、持っているものを上手に伝えてくれれば嬉しいと思うことが多かった。
個人的には、堂坂さんや栗丸さんという人たちも適任だと思うけれど、色々な事情から初級講座を開くぞと言う状況じゃないようにも感じている。ほかにもいるけれど、すくなくとも、このふたりの熱心で真摯で謙虚に占星術に向かう姿は、尊敬すると共に、なにより憧れる。
そしてほうじ茶さんも、なんど焚きつけても、なかなか腰を上げてくれないものの、ぜひ講師をして欲しい人のひとりだったりする。すぎむらさんと同様に、実践家としてもキャリアと蓄積があり、同時に理論もしっかり勉強している人で、そこにはみんなが聞きたい情報がたくさんあると思う。(まぁ、こういう人を乗せてその気にさせて引っ張り出すのが俺の仕事?) 彼も入門的なことを教えるのには適していると思うし、もらったメールの説明も論理的でなおかつわかりやすい。


そこで、ふと、考えてみた。
自分がなんで古典の世界を知ったんだろうか、ということ。

まずは、なにより、amanさんの「C.A.勉強会」だった。これは素晴らしくインパクトがあった。そしてあとはMLだった。そのMLのメンバは、今でも付き合いのある数々の人が入っていたと思う。なんだっけ、そのMLって。それはわすれたけれど、まぁ、すごかった。
そういうこしているうちに、もとはQuintileさんだったかを通じて人脈が広がった。Quinさんが上京する時には飲み会の幹事なんぞをやっている。その関係で、Quinさんに集まってくる人と親しくなった。amanさんもそのひとりではあるけれど、KENNYさんとか、栗丸さんとか。堂坂さんもQuinさんつながりだったろう。その当時は公香さんともずいぶんメールのやりとりしてたなぁ。
よく考えたら、Astrologer.JPのメンバもこのあたりからきている気がする。
もうひとり、色々と教えてくれた人もいるんだけれど、その人には、ある事件以来、完全無視されているから、きっと、俺に名前など出されたくないだろう。

まぁ、自分の古典の知識がどっから来たかと言えば、これらのひとたちから。ほぼ100%と言っていい。(笑) ちゃんと勉強してないからたいしたことないのか、いいトコ取りなのかわからんけど。
こういういい環境にいれば「それなりに」自然と学んでもいけるんだろうけれど、多くの場合はそうじゃないんだろうなと。自分がかなり「恵まれている」だけに、そういう場も必要かな、と思い出した。


怪 傑 ズ バ ッ ト  2004/9/27 Mon.
なぜ、ズバットか。理由はないけれど、ズバット。
何をやっても日本で一番の腕を持つ早川健。

確かにすごかった。歌だけは(何度も「ふたりの地平線」を歌っていた)日本一って感じじゃなかったけれど、歌勝負はしてないもんな。

そういえば、そこには、ウリ・ケラーという占い師も出てきた。
何か予言して、当たってた気がする。でも、ウリ・ケラー、なぜか、使う占いは筮竹。でも、その筮竹投げで勝負って…。普通に占いで勝負しちゃいかんのか?

ウリ・ケラーなんて名前だから、タロットでも使えばいいのにね。
そうすれば、タロット投げなんて技がおもしろかったかも。ほら、歌にもあったじゃん、「破れかけのタロット投げて、あなたの行方占ってみる」ってのさ。
そりゃ、投げてればタロットも破れかけるよなぁ。大事に使おうよ、タロット。

これ、もう20年くらい前のMy Birthdayとか、そういう本だったと思うけれど、タロットを「投げて占う」って方法が紹介されていた記憶がある。なにやら、床にカードを並べて、自分の示すカードを1枚手に持って、投げて、それが当たったカードで占う、みたいな方法だったかと。誰が書いた記事だったかも覚えていなくて、その鮮烈なやり方が記憶に残っていたりする。うーん…、押入に数冊My Birthdayとか、ムーとかトワイライト・ゾーンとかあるんだけれど、探したら出てくるかな?

あの頃の占いって、なにか今と違う輝きを放っていた気がする。


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Akiary v.0.42